第1部「新たなる美術館像を求めて」
【ねらい】
世界各地で美術館は外部環境の劇的な変化に直面していますが、こうした環境下でも「元気のいい」美術館が数多く存在します。「元気のいい」美術館はなぜ元気なのか。その「ものの見方・考え方」とは一体どのようなものか。これらを国内外の美術館長や有識者を交えた討議者全員による円卓会議を通して、新たなる美術館像を考える契機とします。
【開催日】 2008年3月21日(金)−22日(土)
【場 所】 湘南国際村センター(神奈川県葉山町)
【傍聴者】 181人
【参加者】
◆総監修・議長
建畠 晢/国立国際美術館長
◆基調講演者
ジェルマン・ヴィアット/フランス文化遺産局学芸局長、ケ・ブランリー美術館前館長、現同館文化遺産コレクション局長
ファン・ディアン/中国美術館長
サイモン・グルーム/スコットランド・ナショナル・ギャラリー近 現代美術館長
ヴィシャカ・デサイ/アジア協会理事長
◆討議者
高階秀爾/大原美術館長、 西洋美術振興財団理事長
池田 修/BankART1929代表
後小路雅弘/九州大学大学院人文科学研究院教授
岡部あおみ/武蔵野美術大学教授
北川フラム/アートフロントギャラリー主宰
清水敏男/学習院女子大学教授
南條史生/森美術館館長
林田英樹/国立新美術館長
原 俊夫/原美術館長
前田富士男/慶應義塾大学アートセンター所長・教授
南嶌 宏/熊本市現代美術館館長、女子美術大学教授
蓑豊/サザビーズ北米本社副会長、金沢21世紀美術館特任館長、大阪市立美術館名誉館長
山梨俊夫/神奈川県立近代美術館館長
雪山行二/横浜美術館館長
福原義春/かながわ国際交流財団理事長、東京都写真美術館長
(敬称略。また、肩書きは2008年3月当時のもの)
【セッションの概要】 (文責:かながわ国際交流財団・湘南国際村学術研究センター)
◆セッション1 なぜイノベーションが必要とされるようになったのか?
基調講演 「制度組織の発展過程―パリの明日にむけての美術館博物館」
基調講演者 ジェルマン・ヴィアット(ケ・ブランリー美術館前館長)
ヴィアット氏は、ポンピドー・センターやケ・ブランリー美術館における個人的な活動と経験にもとづいて、フランスの美術館の歴史と思想的な推移を振り返りました。まず、フランスでは、植民地で収集した「もの(object)」は、戦後も長らく博物館の民族学的資料として位置づけられていましたが、ポスト・コロニアリズムの影響下、国際的に従来のあり方に対して変化を問う機運が高まりました。ヴィアット氏は、ケ・ブランリー美術館の誕生は、そのトラウマを克服し、従来原始美術と呼ばれていた作品を、美的な観点から「傑作」と捉える試みであると述べた上で、美術館制度を発展させる目的とは、作品を人々へ公開するあり方を、時代の変化に応じて発展させていくことであり、美術館建築や展示方法の変化と密接に結びついていると説明しました。また、美術館は、学術的あるいは科学的な情報の発信源に留まらず、現実の社会と関わり、人々とに対話の場を創出することを使命にすべきだと締めくくりました。
討議
文化芸術分野におけるポスト・コロニアリズム時代における前宗主国と植民地国の関係、キリスト教系とイスラム教系の文化圏の関係等といった課題に対して、美術館はどのように取り組むべきか、また、こうしたフランスの革新的な美術館行政の政策はどのように形成されるのかなどを中心として議論が行われました。さらに、フランスのケ・ブランリー美術館と国立アメリカ・インディアン博物館におけるコレクションの扱いを比較し、学術的あるいは美的な視点、あるいは対象作品の生まれたコミュニティへの配慮と市民に対する公開の義務をどのように調和させるべきかについても強い関心が寄せられました。
◆セッション2 アジアの美術館におけるイノベーション
基調講演 「中国の美術館におけるイノベーション―挑戦と課題」
基調講演者 范迪安(中国美術館館長)
范氏は、欧米や日本に比して、歴史の浅い中国の美術館の管理運営を振り返り、その後、中国の抱える課題と展望を論じました。中国には長期間にわたり計画経済の体制下で、国立美術館2館(故宮博物院と中国美術館)と地方に少数の公立美術館がある以外には、改革開放政策が取られるまで他の形態の美術館が存在しませんでした。作家が作品を発表する場所も、制作された作品が展示される場所も、この少数の美術館に限られていたのです。しかし、1990年代に市場経済が導入され、社会構造も変化しました。范氏はそうした変化に伴い、現在中国美術館が直面する課題を3つ挙げて分析しました。
第1の課題は、近年私立美術館も増え、画廊やオークションも盛んになったため、国公立美術館は作品と来館者をめぐり、そうした文化団体と競合関係に陥っていること。第2の課題は、中国の市民には、美術館に行く習慣が定着しておらず、ホームページのスクリーン上の画像で満足する傾向にあること。第3に、中国の文化制度が長期間にわたり閉鎖的であったために、国際的な文化と自国の文化をどのようにバランスを取りながら受容していくかが挙げられました。
こうした状況に対し、中国美術館は、@中国の現代美術作品の収集、A作家中心から市民中心への美術館業の方針転換、B子ども向けの美術教育、C出稼ぎ労働者など特定の社会階層に対する美術館教育などを通して、積極的に取り組んでいることを紹介しました。范氏は、社会の発展にあわせた美術館の概念作りにはイノベーションが求められており、その概念に合致するよう、管理運営を洗練させていきたいと締めくくりました。
討議
中国の美術館の実像は余り知られておらず、中国政府の美術館政策や、現代美術作家の育成に関する質問や、美術館の建築ラッシュと日本の1980年代の類似性などが討議の焦点となりました。一時、2010年までに中国では美術館が1000館を上回るのではないかと予測されていましたが、范氏は、実際は、200〜300館程度だろうと回答しました。しかし、“箱物”の設立が先行し、人材育成や所蔵品の収集が追いつかないようでは、日本の二の舞になるのではないかと懸念する声が上がりました。一方、中国政府は、欧米の文化政策が社会全体の向上に結びついていることを強く意識しており、中国美術館でも「大学生10万人を美術館へ」や「出稼ぎ労働者10万人を美術館へ」といったスローガンに基づいて、美術館が人々に支持されるものになるべく、意欲的に取り組んでいる姿が浮かび上がりました。
◆セッション3 現代美術館におけるイノベーション
基調講演 「新しいものの伝統」
基調講演者 サイモン・グルーム(スコットランド・ナショナル・ギャラリー館長)
グルーム氏は近現代美術館の歴史の概念を包括的に振りかえり、イノベーションをやみくもに追及する前に、近現代美術館をどのように位置づけるべきか考察しました。近現代美術館は1929年に設立されたニューヨーク近代美術館(MOMA)を発端としています。その後、アンドレ・マルローの複製芸術による空想美術館という概念が提起されましたが、ベンヤミンが複製時代の芸術がオーラの真正性を脅かすといったこととは裏腹に、複製芸術自体がオリジナルへの憧れをますます強め、ついには芸術のスペクタクル化へと向い、究極的にはフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティが『未来主義創立宣言』で述べたように、戦争の賛歌に極大化されていったのではないかと論じました。
こうした方向性に対し、ロング・ギャラリーというわずか1uの美術館や、アーカイブ上に作品を展示するジェレミー・デラーのフォーク・アーカイヴなど、カウンター・カルチャーとして多様な形状の美術館が生まれつつあることを紹介し、最後に、ルイーズ・ブルジョワという女性作家の言葉を引用して締めくくりました。「・・・近代美術とは確定した方法がない中で、個々の作家が自己を表現するための方法を探究し続ける悲痛な状況であるが、これがすなわち、近代人類の状況なのだ・・・」悲痛なまでに、リスクを冒す作家の活動は、我々の社会の在り方を反映しているのです。
討議
イギリスは21世紀初頭における現代アートの中枢であり、そこから参加したグルーム氏の講演には高い関心が集まりました。美術館は近代の制度ですが、近代自体の制度疲労の中で、美術館も危機に陥っています。財政的な危機もさることながら、その最大の危機は、美術史自体が変容する中で、伝統的な美術館がそうした変化にどう対応するかという問題です。また、美術館は、人間の表現あるいは創造の自由の場であると同時に、現在、政府に支えられ、市民にサービスする機関となりました。しかし、芸術表現の中には、時に危険で、挑発的で、刺激的で、人々に居心地の悪い思いをもたらすものがあることも事実です。歴史的に振り返っても、偉大な芸術は、例外なく社会のルールを破り続けてきた伝統がありますが、そうしたリスクを美術館が忌避するようになれば、それは美術館の「死」を意味するのではないか、など現代美術館の本質に迫る議論が行われました。
◆セッション4 美術館におけるマルチ・カルチュラリズム
基調講演 「仮想現実と文化の多様性の時代における美術館の『現実』」
基調講演者 ヴィシャカ・N・デサイ(アジア協会理事長)
デサイ氏は、人類はかつてないほどグローバル化とインターネット通信によって相互連結しているが、こうした潮流が美術館の未来にどのような影響を与えるかを探索しました。美術作品は、ある一つの文化から生み出され、その文化を代表するような固有の価値と、歴史的な時間や場所を超越する普遍的な価値、という一見相容れない性質を併せ持っています。デサイ氏は、この二重性は感性的な力となって、人々に変化をもたらし、社会変革をもたらす力となり得るのではないかということを、最近アジア協会が行ったカシミールの芸術に関する企画展での経験をもとに示唆しました。近年、美術館が財政的な健全性と社会貢献によって評価されることが多くなり、その結果、ブロックバスター型の芸術の消費を促すだけの企画展が多くなりました。デサイ氏はこの傾向を憂慮し、芸術を消費することは、必ずしも社会を変革する力となるには値しないと喝破しています。オンラインアクセスの技術へは高い期待が寄せられているが、崇高な作品の前に立つ身体的な感覚は、美的体験にとって本質的な重要性を持っているとし、美術館が異なる文化の人々を結びつけるような経験を育む方法をさらに向上させる必要性を喚起しました。
討議
デサイ氏は、美術館活動の新たな方向性としての仮想現実に言及したが、これは近年、美術館コミュニティで大きな議論を呼んでいる課題です。「インターネットで画像を見ると、本物を見る必要がなくなるのではないか」という美的体験に関わる課題や、「著作権の問題をクリアするのが難しい」等の政治・経済的な制約があることから、欧米や日本の伝統的な美術館の多くは、導入に及び腰なのが実情です。しかし、絵葉書が本物への憧れを喚起したことも事実であり、複製芸術が必ずしもオリジナルの価値を損なうわけでもありません。美術館はオンライン・オーディエンスの可能性をどの美術館を看過すべきではないのです。また、美術作品は、人々が「もの」に触発されて、自己変革的な体験を促すことがあります。国際的な人やモノの行き来が加速する中で、こうした体験は、真の文化交流や社会変革に繋がり、とりわけ21世紀の社会にとって重要なものです。現在、美術館は自らの生き残りをかけて、収入が見込めるブロックバスター的な展覧会を重視する傾向にありますが、美術館の真の重要性とは何か、「もの」を扱うとは何か、そして、どうしたら美術館の価値が社会に理解されるのか、など熱の帯びた討議が展開されました。
◆セッション5(総括セッション) 新たなる美術館像を求めて」
議長 建畠晢(国立国際美術館長)
冒頭に建畠議長は、セッション1〜4までの議論を受けて、総括が行いました。まず、現在、美術館が直面するジレンマは主に4つあると分類しました。第一は、グローバル対ローカルという問題。グローバリゼーションの時代に美術館は、さまざまな地域、広い範囲の作品と向き合う必要がある一方で、地方の美術館はその土地独特の地域性と向き合う必要がある点です。第二に、古典的価値と前衛的価値の対立という問題。一般的には歴史的な価値、つまり評価の定まった優れた作品を集めて展示するミュージアムは、一方で、一般の市民からは反発を受ける可能性もあるが新しい価値を持つものを支援し、扱うべきという課題を持っています。第三に、ミュージアムは学術的、専門的に優れた水準の研究成果を保つべきであると同時に、一般の市民に人気のある活動も必要とされています。つまり専門性対大衆性という矛盾する問題です。第四に、バーチャル対リアルという問題。情報技術が発達した現代においては、複製の手段も発達し、美術の普及に大きな役割を果たす一方で、本物を見ずにバーチャルな世界で満足してしまう市民も出現していることです。
イノベーションとは、そもそもこうした二項対立のジレンマの克服に際して起こるものです。今回のサミットでは、国際的なパネリストを交えての議論で、各国各館の経験が詳らかとなり、多くの経験を分かち合うことができました。多様な論点が提示された中でも、日本の美術館全体の「声」を組織的にまとめ、政策決定者に訴える必要があるという提案が出されたことは意義深いことでした。この点に関し、アジア協会のデサイ氏からは、「美術館に関する政策決定を政府に任せてしまっては、美術館自身が思う美術館の価値よりも、他者の考える美術館像に従わなくてはならなくなってしまう。政策決定者の対話に入り、美術館はより積極的に自らの意義を発信していくべきなのです」という提言がありました。
第2部「変わるミュージアム−7年で入館者数を200万人増やしたルーヴル美術館のマネジメントをさぐる−」
【ねらい】
世界屈指の美術館でありながら、さらなる成長を目指し、課題解決・目的達成のための戦略を計画・実施してきたアンリ・ロワレット・ルーヴル美術館長に、その取り組みを聞きます。その後、文化活動に独自の視点をもつ美術館長と企業経営者を迎え、現在の美術館が抱える課題や今後の展望を役割とマネジメントの両面から具体的な事例を交えて検証します。
【開催日】 2008年4月2日(水)
【場 所】 日経ホール(東京都大手町)
【傍聴者】 492人
【参加者】
◆モデレータ
高階秀爾/大原美術館長
◆特別講演者
青木保/文化庁長官
◆基調講演者
アンリ・ロワレット/ルーヴル美術館長
◆パネリスト
アンリ・ロワレット/ルーヴル美術館長
青柳正規/国立西洋美術館長
徳川恒孝/徳川記念財団理事長
(敬称略。また、肩書きは2008年4月当時のもの)
第1部、第2部の全内容は、慶應義塾大学出版会『ミュージアム新時代−世界の美術館長によるニュー・ビジョン』に収録されています。ぜひご一読ください。
◆反響
【新聞】
日本経済新聞(朝) 2008年4月26日(土)40面(文化)
日本経済新聞(夕) 2008年5月12日(月)6面(広告記事)
【雑誌】
新美術新聞 2008年4月21日(月)3面
Journal Musee、月刊『ミュゼ』第84号、かれ2008年4月25日発行、22−23頁。
art now、月刊 『美術の窓』第297号、2008年6月20日発行、120頁。
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